マスキングテープって、可愛いものがたくさんありますよね。定番柄のものもいろんな色で出ているし、色んなイラストのものが次から次へと出てくるのでついつい買ってしまいます。気づいたら家には大量のマスキングテープが…。もうこれ以上増やすと使い切れない気がするので、使い切ったら1本買い足すようにしようと心に決めて、いろんなものをデコってみました。
まず一番最初にしたのは、しおり作り!紙のしおりって手軽で便利なんですけど、折れ曲がってしまったり、リボンをつけようとすると破れてしまったりと何かとデメリットも多いですよね。そんな悩みを解決してくれるのが、テープで補強されたしおりなのです!紙製のもの(本屋さんで配っている無料のものとかでOKです)にテープをぐるぐる巻いてあげるだけで折れたり曲がったりしなくなりますし、穴あけパンチで穴をあけてあげればリボンを通すこともできますし補強されているのでやぶれることもありません。いくつも量産して、玄関横にストックしておけば、出かける前にさっと本にはさんで持ち出すことができます。お出かけ中になくしてしまうこともあるので、予備をバッグに入れておくのも忘れませんよ。
他にも無地紙の化粧箱なんかをデコって小物入れにするのも楽しいですし、メッセージカードを縁取ればオリジナルになります。テープが可愛いので、センスが無い私でもおしゃれに出来上がるのがいいところですね(笑)ノートや手帳の見出しにも使えますし、本当に便利!ただ、持ち運べるテープカッターつきのものがあればいいのになあと思うのは、私だけなんでしょうか…。

小さいとき、暗いところで本を読んでいると目が悪くなるって言われませんでしたか?私も散々言われていて、よく怒られていました。だって、本の続きが気になって眠れなくて、でも夜10時以降部屋の電気がついているとものすごく怒られるんですよ!だから、布団のなかに懐中電灯を持ち込んでその明かりで読むしかなくて、そんなことをしてたら当然視力は落ちますよね(笑)今ではめがねなしでは生活できないほどになってしまいました。
でも、暗いところで~というのは今の医学的には当てはまらないそうですよ。知ってました?むしろ、明るすぎるほうが目に悪いという説もあるとか無いとか。でも、一番の問題は目の疲れを放置することなんだそうです。
視力が落ちる一番の原因って、ピントを調節する機能を持っている目の中の筋肉が伸びてしまって、ピントの調節ができなくなることらしいです。長時間筋肉が緊張した状態でいると、伸びてしまいやすいんだそうです。だから、適度に遠くをみたりして目を休めながら読んでいれば視力は落ちないらしいですよ。
とはいえ、そんなの難しいですよね。だって、読み始めたら夢中になってしまって休憩なんてなかなか取れないですし…気がついたときには目が疲れてしょぼしょぼしているんですもん。10分とか決めておけばいいんですかね…それも難しい気がします(笑)

読書をするのが好き、と言う人も居れば、本の雰囲気が好き、という人も居ると思います。たとえば古書店の雰囲気とか、図書館の匂い。そういうものに心惹かれる人も居ると思うんです。かく言う私もその一人。もちろん読むほうも好きなんですけどね。
ずらーっと並んだ本の背表紙や、日焼けした紙とインクの匂い。そういうのがたまらなく好きなんですよね。だから、街角でおじいちゃんが経営している古本屋さんなんかに行くと、ついつい吸い寄せられるように入ってしまいます。
店主さんのおじいちゃんはどの人も大体、お店の中で本を読んでいることが多いです。私が入っていくと…というか私以外でもお客さんが来ればたいていそうするんでしょうけど、チラッと上目遣いで私の顔を見ます。ボソッと小さい声で「いらっしゃい」と言う人も居れば、にこっと笑って言ってくれる人も居ます。どちらのケースも、ぐっときます。おしゃべり好きなおじいちゃんのお店に行くと、いろいろと話しかけてもらえて「こういうのが好きだったら、きっとこの作品も面白いよ」なんておすすめしてもらえることもあれば、あったことも無い孫の話を延々聞かされることも(笑)
これもまた、本の魅力のうちの一つかなって思うんです。ただの紙の綴りなのに、色んな人やいろんなものを繋いでくれるなんて、素敵過ぎます。

高校のときの同級生とお茶をしながら思い出話をしていたら、ふとある先生の事を思い出しました。その先生は物理の先生で、とっても変わり者として学校の中でもいつも注目の的でした。身長がとても高かったこともあったんですが、白衣にウェストポーチといういでたちで目立ってもいました。
私は高校時代にもよくおなかを冷やしていて、冬場はとくに保健室の常連となっているほどでした。保健室の先生がちょっと席を外しているときに生徒や他の先生が来ると、私が伝言板代わりに使われるほど。ストーブ守として張り付いて本を読んでいるので、「保健室の本の人」なんて呼ばれていたこともありました。
そんな時に、その先生もよく保健室に来ていて、話をするようになったんですよね。私は物理の授業が苦手だったんですけど、保健室で特別講習をしてもらってテストの点が飛躍的に上がったほど。でも、ほとんど授業の話はせず、主には本の話ばかりしていました。その先生は韓国語の小説を読んでいて、「とても面白い作品だから日本語訳して出版したいんだ」と話していたほどでした。
今はその先生も退職されて、どうしているのか様子を伺うことができないのが残念なんですが、きっとまだ日本語訳に奮闘しているのかな?いつか、本当に出版される日が来ることを待ち望んでいるのでした。

毎日毎日楽しいことばかりだったらどんなに幸せなんだろうって思ったことはありませんか?私は、いやなことや悲しいことがあるたびにそう思ってしまいます。本当は誰だって毎日笑ってすごして居たいですよね。でも、それは難しいのが現実です。
でも、ちょっとだけ落ち込んだときとか、悲しいことがあって元気を出したいとき、私は楽しい気持ちになる秘訣をいくつか知っています。お気に入りのコーヒーを淹れて、ふうっと深呼吸したり、大好きで読むだけでわくわくしちゃう冒険物語を読んだり、一口でご機嫌になってしまうお気に入りのチョコレートを食べる。一つ一つは些細なことなんですが、気持ちを切り替えるためにはとても大切なことなのです。
私にとってはコーヒーと本とチョコレートですが、きっと誰にでもそういうものってあると思うんです。好きなCDを聴くのでもいいと思いますし、お風呂にゆっくり入るという人も居るかもしれませんね。自分にとっての「スイッチ」を見つけることで、楽しいことばかりとは行かないまでも、ある程度のショックをリカバリーできるようになります。自分と向き合うと、意外と簡単にスイッチは見つかるので、いつでも切り替えられるようにスイッチの場所を見つけて必要なものを準備しておくと、いい気持ちですごせますよ。

私は小さい頃から図書館が好きで、放課後は毎日図書館にいるような女の子でした。本が好きなのはもちろんですが、図書館そのものの空間がとても好きでした。
みんなが静かに思い思いの読み物にふけていて、それぞれの時間を過ごしていることや、図書館の何とも言えない懐かしいような匂いも好きでした。小学生の頃は、『わかったさんシリーズ』『こまったさんシリーズ』が大好きで、同世代の女の子みんなが読んでいる人気本でした。そして思わず、本の中に出てくるケーキやプリンを食べたくなるんです。ファンタジーだけどとても夢がつまっていて、読むだけで幸せな気分になれました。
中学生になると、所謂『純文学』というものに興味を持ち始めます。父に勧められ、宮沢賢治の銀河鉄道の夜を読みました。そこから私は本に夢中になっていきました。国語の授業も好きで、文章を書くことに憧れを持ち始めました。
高校生になるとますます読書への熱は冷める事を知らず、流行の小説家の小説を片端から読みました。東野圭吾、村上春樹、森絵都、金城一紀、角田光代、、他にもたくさん、授業中にも読書をするほどでした(笑)
それからも同じジャンルの本を片端から読みました。自己啓発本を読むことも増えました。
そして最近になり、江戸川乱歩が大好きになりました。江戸川乱歩というとみんな『少年探偵団』のイメージを持っているので小学生時代を思い出すようですが、私の乱歩デビューは23歳ごろでした。きっとこのように、年を重ねるにしたがって、趣向も変われば読む本も変わって行くのでしょう。こうして自分の読書年表を書き出してみるのはおもしろい発見がありますね。その移ろいがまた楽しみです!

できるだけ食生活には気をつけたいと考えているので、体にいいものを取り入れるようにしています。朝ご飯はしっかりと食べ、コーヒーを飲みます。お昼は毎日お弁当を作って持って行きます。それも極力冷凍食品は避けて、しっかりと調理したものや晩ご飯の残りものなんかを詰めて行きます。夜はうどんで終わらせることもあれば、タジン鍋で蒸し野菜にしたり、湯豆腐を食べたりします。食材ひとつひとつにこだわっているわけではないのですが、食べるものと時間等をきにするようになりました。
あと晩ご飯の後はお茶とみかんなどの果物は欠かしません。肌が良くなるようなものを食べるようにはしています。2年前くらいまではお酒も飲むし時間帯気にせず食べたいものを食べるような生活をしていました。そのときは若さも手伝ってか、肌荒れも体重の増加もありませんでしたが、そろそろしっかりとしたケアを体が求めている感覚が出てきたので食生活には気をつけるようになりました。おかげで最近は肌の調子もいいし、体調が優れています。朝の寝起きも良く、改めて食べるものだけでここまで変われるんだなぁ〜と驚きました。この生活はこれからも続けて行き、いつか結婚等しても家族で続けて行きたいですね。

今朝、通勤の電車の中で目の前の関に座っていた女性が読書をしていました。その女性の本には、しっかりとしたブックカバーがされていました。そのブックカバーは恐らくお手製のものなのですが、とても暖かみのあるかわいらしいデザインで、思わず見入ってしまいました。
昔、小学生のときに母親に作ってもらった『図書袋』を思い出しました。図書袋は小学校の図書館で本を借りた際に、本を入れて持ち運ぶ手提げバックです。みんなお母さんのお手製でした。私の図書袋は、白地に細い赤のストライプが入った生地で、『うちのタマ知りませんか?』のタマのアップリケがついていました。気に入って使っていたことを思い出し、そういえばあの図書袋、どこに行ってしまったんだろう?と思い、母親に連絡をしました。
母ももうどこに行ったかわからない、多分捨てちゃったと思う…ということで、少し寂しい気持ちになりました。今までは全く思い出しもしなかった図書袋だけど、今朝電車で見かけたことでこの思い出が蘇り、ほっこりした気持ちと同時に小学生時代のいろんな思い出が蘇りました。私もいつか母親になったら、子供にはしっかりした図書袋を作ってあげようと思ったのでした!

私は幼い頃から読書が大好きで、中学時代には数人の仲間と共に自分たちで勝手に読書部というものを創設して放課後になると部員が小さな空き教室に集まってみんなで読書に耽っていました。部として本を読むスタイルは完全に自由で数人の部員のうち一人で下校時刻を知らせるチャイムが鳴るまで小難しい哲学の本や歴史に名を残す世界文学を読んでいる部員もいれば、二三人で軽い小説をお話しながら読んでいる部員もいました。部員でいるための条件は月に一度どんな本でも部で創設時に作ったミニ本棚に一冊の本を寄付することだけでした。そして私が中学二年生の時、当時中学一年生だったとても体格の小さく、いかにも勉強ができそうな男の子が入部したいということで部室を訪れました。彼は一ヶ月に一冊の本を部に寄付しなければならないことを既に知っていたようでそのときは入部届けと一緒にドフトエフスキーの「罪と罰」という小説を持ち寄ってくれました。そしてそれが私のドフトエフスキーとの出会いでした。それから私はドフトエフスキーに夢中になり「カラマーゾフの兄弟」や「白痴」などの作品を読みあさることになりました。高校生の時の夏休みには一日中図書館にこもってロシア語の辞書を片手に「罪と罰」の原典をまるまる夏休みをかけて読み解きました。このようにしてひょんなことから私のロシア文学の人生は始まったのです。みなさんも自分と文学との出会いを思い出してみてください。人それぞれその出会いに対する思い入れがあるはずです。

オンとオフのバランスって大切ですよね。なんだか最近、お友達と会ったり、初めて会う人と遊んだりとオンな出来事が多くて、オフする時間がなかなか無い事に気づきました。ひょっとしたらちょっと疲れてしまったのか、最近の私はぐったり。夜しっかり眠れることはとてもありがたいんですけど、何をしていてもぼーっとしてしまってダメなんですよね。
今のところ何とか仕事や友達との予定はさぼったり忘れたりしないでいられているんですが、いつかやらかしてしまいそうで怖いです。友達もそういうタイプの子が多くて、中には2週間はかなりアクティブに人と遊んだりして過ごして、残り2週間は誰とも会わず連絡も取らずに過ごすという子も居るくらいです。私はそこまで極端にはできないんですけど、気持ちはわかるんですよね。バイオリズムの波をもう少しフラットに近づけることができたら楽なんでしょうけど、なかなかうまくいかないのでそういう時にはひっそりスイッチをオフにすることにしています。
ひたすら本を読んでみたり、詩を書いてみたり…そうやっていると、気が付くと元気が復活していたりするんですよ。バランスを取りながら、少しずつでもオンの時間が増えたらいいなとは思うんですが、やっぱりオフも必要ですよね。